PCゲームの自動販売機TAKERUを懐かしむ。

ゲーム

TAKERUとは?

80年代後半から90年代にかけて、「TAKERU」というゲームの自動販売機が存在しました。

ミシンで有名なブラザー工業が開発した製品です。
TAKERUという名前は、日本史の英雄ヤマトタケルが由来です。

ユーザーは画面のタッチパネルからほしいゲームを選択し、お金を入れるという形式でした。

するとメディア(当時は5インチのフロッピーディスク)が出てくるので、それを機械にセットします。
ゲームがダウンロードされてフロッピーに書きこまれていくようになっていました。

ソフトのマニュアルもTAKERUからプリントアウトされました。
当時のことなので、いずれも結構時間がかかった記憶があります。

田舎でパソコンゲームを手に入れるのは大変な時代でした。

当時はパソコンゲームがアクションゲームを除けば、まだ家庭用ゲームより性能的に上だった時代です。
実際、TAKERUで扱っているゲームはパソコンゲームばかりでした。

しかし、ファミコンゲームは田舎でも近所のスーパーやおもちゃ屋でも売っていましたが、パソコンゲームは専門的な店に行かねば売っていませんでした。

専門的な店は都会にしかなく、田舎者は買いに行くだけでお金がかかりました。

通販で買う手もありましたが、当時は電話をかけて注文し、値段分の定額小為替や切手を送るか、代金引換くらいしか決済方法がありませんでした。

流通も発達していなかったので、届くのも遅かったです。
しかも、パソコンゲームソフトはファミコンソフトと比べて価格も高めでした。

このTAKERUはパッケージやマニュアル分の経費が引かれている分、ソフトの値段が通常より安かったのが良いところでした。
設置してある場所に行く交通費はかかりましたが。

しかも、この機械でしか買えないゲームもありました。
当時、人気だったゲーム、日本ファルコム社の「ソーサリアン」の追加シナリオが、このTAKERUでしか手に入らなかったような記憶があります。

ただ、あまりメジャーな人気ソフトはラインナップにはなかったですかね。
どちらかいうと実験的なソフトが多かったような。

TAKERUは早すぎた存在だった?

先述したように専門的なパソコンショップは都会にしかありませんでした。
まだ郊外型の大型家電量販店はなかった時代です。

さらに、このTAKERUを置いてある店となると、さらに希少でした。
東京なら秋葉原、大阪なら日本橋というような電気街まで行く必要がありました。
そこでも、パソコンに特化した店くらいにしか置いてありませんでした。

のちに任天堂がディスクシステムを開発した際、ディスクライターというゲームの書き換えができる機械を全国に設置しましたが、TAKERUの影響があったのではないかと勝手に推測しています。

今やインターネットが普及し、高速通信網が発達して、当時とは比べものにならないスピードでゲームがダウンロードできます。
店に行かなくても自宅でダウンロードして買えます。

通信販売も充実し、ほしいゲームが次の日には手に入る便利な時代ですが、不便だったからこそ、手に入れたときは格別な気分だったように思います。
もしかすると、TAKERUは早すぎた存在だったのかもしれません。

なお、このTAKERUのノウハウは後の通信カラオケ設備JOY SOUMDに受け継がれているそうです。
本当に早すぎた存在でしたね。

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