小学生男子のバイブルとして長年君臨してきた漫画雑誌「コロコロコミック」。ドラえもん、ミニ四駆、ポケモン、ベイブレード……世代を問わず「そういえばあれはコロコロだった」という作品やブームが必ずひとつはあるはずです。
1977年の創刊から現在に至るまで、コロコロは常に小学生の遊びと文化の中心にあり続けました。この記事では、創刊の経緯から年代別のブームまで、コロコロコミックの歩みを振り返ります。
コロコロコミック誕生の経緯——ドラえもん総集編から始まった
コロコロコミックが創刊されたのは1977年(昭和52年)4月のことです。小学館が発行する月刊誌として産声を上げました。
創刊のきっかけは「ドラえもん」でした。当時、ドラえもんはすでに複数の小学館学習雑誌(小学一年生〜六年生)に分散掲載されていましたが、それぞれの学年誌を卒業すると続きが読めないという問題がありました。そこで全学年の読者がまとめて読める総集編誌として創刊されたのがコロコロコミックです。
誌名の「コロコロ」は、子どもが笑顔でコロコロと笑う様子をイメージしたとされています。
当初は季刊(年4回刊)でしたが人気が高まり、1979年に月刊化。1980年代には100万部を超える発行部数を誇る子ども向け雑誌の王者となりました。
1977〜1980年代前半——ファミコンとラジコンの時代
創刊直後から、コロコロはホビーとタイアップした漫画を展開するスタイルを確立していきます。
この時期の大きな柱はラジコンです。「ラジコンボーイ」などの漫画がメーカーとタイアップし、ラジコンブームを牽引しました。またチョロQ(タカラ)も、コロコロを舞台にブームが広がったホビーのひとつです。
そして1983年にファミリーコンピュータ(ファミコン)が発売されると、コロコロは即座にファミコン漫画を展開。「ファミコンロッキー」はその代表格であり、空手チャンピオンという設定の主人公が持ち前の身体能力でゲームを攻略するという、独特の世界観で人気を博しました。
高橋名人という文化
ファミコンブームと切り離せないのが高橋名人の存在です。ハドソン(現・コナミグループ)の広報担当社員でありながら、「16連射」と呼ばれる超高速ボタン連打技で一躍時代の寵児となりました。
コロコロはこのメーカー担当者を「名人」「兄貴」などと呼んでヒーロー化するという独自のスター製造システムを持っており、高橋名人はその最大の成功例です。漫画にも実名で登場し、子どもたちの憧れの的となりました。
ハドソンが主催した全国キャラバン(ゲーム大会)も各地で開催され、「漫画の中の全国大会が現実に起きる」というコロコロならではの体験型のブームを生み出しました。
1980年代後半——ドッジボールとファミコンの全盛期
1987年に連載が始まった「ドッジ弾平」は、ドッジボールを題材にした熱血スポーツ漫画です。スポーツホビーとしてのドッジボールブームをコロコロが巻き起こした形となり、全国各地で大会が開かれるほどの社会現象になりました。
この時期もファミコン関連の漫画・情報は誌面の大きな柱であり続けました。ゲーム攻略情報とタイアップ漫画の組み合わせは、他の雑誌にはない強みでした。
①ホビーに関する漫画を開始(主人公は初心者だが何か別の特技を持つ)→ ②大金持ちの友人や天才科学者が登場して話を大きくする → ③漫画内で全国大会が開かれる → ④現実でも全国大会が開催される → ⑤悪の組織が登場してファンタジー展開になる頃にはブームが落ち着き連載終了
1990年代前半——ミニ四駆が社会現象に
1987年にタミヤが発売したミニ四駆は、一度ブームになった後に落ち着きましたが、1994年に連載が始まった「爆走兄弟レッツ&ゴー!!」によって第二次ブームが巻き起こります。
コロコロの看板作品のひとつとなった「レッツ&ゴー」は、豪と烈という兄弟が主人公。アニメ化もされ、ミニ四駆はこの時期に最大の盛り上がりを見せました。玩具店や模型店では品薄状態が続き、改造パーツを求める子どもたちの行列ができるほどでした。
1996〜2000年代——ポケモンと次世代ホビーの激戦時代
1996年、ゲームボーイソフト「ポケットモンスター」が発売されました。コロコロはいち早くポケモンを取り上げ、攻略情報や漫画(「ポケットモンスター」田尻智監修)を掲載。ポケモンの爆発的な普及にコロコロが果たした役割は非常に大きいものでした。
またこの時代、ベイブレード(タカラ)の漫画「爆転シュート ベイブレード」も連載スタートし、コマを使ったバトルホビーブームを牽引しました。アニメ化・ゲーム化を経てグローバルな展開にも繋がっています。
さらにデュエル・マスターズ(ウィザーズ・オブ・ザ・コースト)のカードゲームも、コロコロとの強力なタイアップで日本での普及を果たした作品です。
2000〜2010年代——妖怪ウォッチとデジタル時代への対応
スマートフォンの普及とともに子どものメディア環境が大きく変わり始めたこの時代、コロコロは新しいIPの育成に力を入れます。
2013年にゲームが発売された「妖怪ウォッチ」(レベルファイブ)は、コロコロでの漫画連載と連動してブームを加速。社会現象となったこの作品の爆発的ヒットには、コロコロの媒体力が大きく貢献しました。
一方でこの時期から、雑誌の発行部数は下降傾向に入ります。インターネットで攻略情報や漫画が手軽に得られる時代になり、かつて100万部を超えていた部数は30万部前後まで落ちたとされています。
コロコロが100万部を売れた理由——軸となる漫画の存在
数十年にわたってコロコロが強かった最大の理由のひとつは、ドラえもんをはじめとする藤子不二雄作品が軸として鎮座し続けたことです。
ホビーに関連した漫画は、ブームが終われば打ち切りになる不安定な存在です。しかしドラえもんのように普遍的な面白さを持つ作品があることで、たとえホビーブームが去っても読者を失いにくい構造になっていました。少年ジャンプにおける「こち亀」のような、雑誌の屋台骨としての役割です。
また、コロコロは新人漫画家の育成にも積極的で、多くの児童漫画家を輩出してきた土台でもあります。
【2026年追記】ドラえもんがコロコロコミックから消えた
上の章で「コロコロには軸となる藤子不二雄先生の漫画がある」と書きました。しかし2026年、その前提が崩れる出来事が起きました。
2026年4月15日発売の月刊コロコロコミック2026年5月号をもって、ドラえもんのコロコロコミックへの掲載が終了しました。
1977年の創刊号から掲載が続いてきたドラえもんは、藤子・F・不二雄先生の逝去後、2002年4月号から過去作品の再掲載に切り替わり、2008年8月号からは「藤子・F・不二雄名作劇場ドラえもん」のタイトルで続いていました。再掲載の連載は計243回を数えています。
最終掲載話はてんとう虫コミックス31巻収録の「時門で長〜〜い一日」。巻末には「長い間応援いただき誠にありがとうございました」と記されていました。終了の理由について小学館は「編集部の判断」とだけ回答しています。
重複掲載ミスが引き金になったとされる経緯
SNSやネット上では、終了の背景について様々な情報が飛び交っています。確定している事実としては、2026年2月号(1月15日発売)と4月号(3月13日発売)において、わずか2ヶ月という短期間に全く同じエピソードが重複して掲載されるミスが発生し、編集部はこれを「作業上の誤り」と認め読者へ謝罪したということです。
この件が藤子・F・不二雄プロとの関係に影響を与えたとする見方がSNS上で広まっていますが、小学館は詳細を公表していないため、その部分は現時点では憶測の域を出ません。
49年の歴史に幕が下りたことへの反響
ネット上では「ひとつの時代が終わった」「ドラえもんでも終わるのか」「今はドラえもんの時代じゃないのか」といった声が相次いでいます。
創刊の原点がドラえもんの総集編誌だったことを思えば、この終了は単なる連載終了ではありません。コロコロという雑誌が49年かけてその出発点と切り離されたことになります。
念のため補足しておくと、ドラえもんのアニメ・映画・他誌掲載が終わったわけではありません。ドラえもんは現在も「小学一年生」「てれびくん」「幼稚園」「小学8年生」「コロコロイチバン」で連載が続いています。あくまで月刊コロコロコミックへの掲載が終了したということです。
「軸となる漫画」を失ったコロコロはどこへ向かうのか
この記事で私は「コロコロの強さはドラえもんという軸があるから」と書きました。ホビーブームが去っても読者を離さない普遍的な安全弁として、ドラえもんは機能してきました。
しかしよく考えれば、近年のコロコロにおけるドラえもんは看板ではなく末席に10ページほど載っている「刺身のツマ」的な状態になっていたとも言われています。それが49年の歴史を感じさせない形でひっそりと終わったことが、コロコロの現在地を象徴しているように思えてなりません。
かつて100万部を誇ったコロコロが部数を大きく落とし、創刊の原点だったドラえもんも去った今、この雑誌が次の「軸」として何を据えるのか。今後の動向が気になるところです。
まとめ|コロコロコミック歴史年表
| 年代 | 主なブーム・作品 |
|---|---|
| 1977年 | 創刊(ドラえもん総集編誌として)。季刊スタート |
| 1979年 | 月刊化 |
| 1980年代前半 | ラジコン・チョロQ・ファミコンブーム。高橋名人が登場 |
| 1980年代後半 | 「ドッジ弾平」でドッジボールブーム。発行部数100万部超え |
| 1990年代前半 | 「レッツ&ゴー!!」でミニ四駆第二次ブーム |
| 1996年〜 | ポケモン・ベイブレード・デュエル・マスターズ |
| 2013年〜 | 「妖怪ウォッチ」が社会現象に |
| 現在 | 発行部数30万部前後。デジタル時代への対応を模索中 |
創刊から約50年、コロコロコミックは時代ごとの「小学生男子が熱狂するもの」を見つけ出し、漫画・ホビー・大会という三位一体の仕掛けでブームを作り続けてきました。部数こそ全盛期の3分の1以下になりましたが、「子どもの遊び文化を作る雑誌」としての役割は今も変わっていません。
あなたが小学生だった頃、コロコロのどのブームに熱中しましたか?


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